ネイティブアプリでもストア アプリでもない第3の選択肢――Windowsの柔軟性を最大限に活かした提案

投稿日時:2014 年 1 月 30 日   ライター:

美術館の来場者向け情報サービスをSurface RT×アプリで実現

茨城県陶芸美術館では、2013年10月5日から12月8日まで企画展「没後50年 板谷波山展」が開催された。板谷波山(いたやはざん)は茨城県生まれの陶芸家で、文化勲章受章者でもある。

同館では没後50年記念事業の一環として、来場者に向けたタッチパネル端末での情報提供サービスを行った。システムとしては、端末にはマイクロソフトのSurface RTを採用し、その上で「板谷波山の世界」というアプリを実行するというものだ。

「板谷波山の世界」アプリは、板谷波山の作品や人物像に触れられるような写真閲覧が中心となっており、開発にはHTML5、JavaScript、CSSというWindowsストア アプリでもおなじみの技術が使われている。あくまでも美術展のためのアプリであり、一般向けには公開されていないが、Windowsストア アプリの活用事例として興味深い。

アプリの開発経緯とポイントについて、茨城県陶芸美術館の山口和子氏とアイテックプラスの滝江智氏に伺った。

アイテックプラスが開発した「板谷波山の世界」

アイテックプラスが開発した「板谷波山の世界」

展示室に備え付けられたアプリを閲覧するための端末、Surface RT(画像中央)

展示室に備え付けられたアプリを閲覧するための端末、Surface RT(画像中央)

来場者はタッチ操作で板谷波山の情報を閲覧することができる

来場者はタッチ操作で板谷波山の情報を閲覧することができる

 

求められた条件は複雑ではなく軽快に動作するシステム

2013年は板谷波山の没後50周年に当たることから、茨城県ではさまざまな記念事業が実施された。その取り組みの1つとして、作品を所蔵する茨城県陶芸美術館が行ったのが作品をデジタル化して紹介するという企画だ。責任者である山口氏は、その経緯について次のように説明する。

「美術館としては、所蔵作品をご覧いただくことが第一になりますが、それを補うものとしてデジタル化を考えました。想定していたのは、他の美術館にもあるようなタッチパネル操作で資料や説明を閲覧できる端末です。

ただし、端末によっては、動作が緩慢でストレスが溜まることがよくあります。多くの方に使っていただくためにも、複雑なものではなくて軽快に動作するシステムであることが条件でした。

入札という形で、最終的にアイテックプラスへ依頼することになりました。一番の決め手になったのは予算ですが、それ以外にもこちらの提示した条件をシンプルなシステムとして提案していたけたことで、依頼しようと決めしました」(山口氏)

茨城県笠間市にある茨城県陶芸美術館

茨城県笠間市にある茨城県陶芸美術館

 

低予算と短納期を満たすためにWebアプリを提案

開発を担当することになったアイテックプラスでは、幸いにも同様のシステムを開発した経験があった。そのため「タッチパネル端末」「修正作業が職員でも可能なこと」「無線LANには接続しない(ネットワークに接続できない環境での展示のため)」「開発期間は1か月」といった条件を満たしたうえで、少ない工数とコストで実現できる見通しが滝江氏にはあった。

「iOSやAndroidも含めて、同様の案件は多くいただきます。マルチプラットフォームを前提として、ネイティブアプリではなくWebアプリベースというものですね。端末のローカルで実行するWebのテクノロジーで実装したアプリの開発ノウハウはありましたので、1か月というスケジュールでもできないことはないという気持ちでいました。

逆に、HTML5とJavaScriptとCSSの組み合わせでできる範囲と考えれば、こちらもそれに合わせた工数で仕上げるようにすればよいわけです。弊社は、Web制作が中心ですから、その規模の仕事には慣れていますし、そこはネイティブアプリの開発とは違って、省コスト化のための工夫は得意です。

また、今回はWindows RTを使いましたが、OSは違っても問題が起きそうなポイントは把握していました。そもそも、違いを意識しなくて済むのがWebの世界のテクノロジーですからね」(滝江氏)

 

キオスク端末として最適なWindowsプラットフォーム

一般的に考えて、「タッチパネル操作のソリューション」といわれて真っ先に思い浮かべるのは、iPadやAndroidタブレットを使ったものだろう。実際、そのようなソリューションは数多く存在するし、滝江氏にも開発経験があった。それでも、今回Surface RTという端末とWindows RTというプラットフォームを提案したのはなぜか。滝江氏は、その理由を次のように説明する。

「まず、条件をいただいたときに、ネイティブアプリではなくパッケージ化しない形でアプリのような機能を実現するという案を思いつきました。そして経験上、パッケージ化しないのであれば、iOSやAndroidだといろいろと面倒で、Windowsのほうがやりやすい。

依頼内容にはハードウェアの選定までが含まれていましたので、コストや品質を考えてSurface RTを提案しました。やることは限られていたので、Surface RTでも性能面で支障はありませんでしたし、会場に設置するにはスタンド機能(キックスタンド)が役立つと考えました。また、今回のような期間限定の展示で使用した場合でも、Windows RT には Microsoft Office がインストールされているため、期間終了後も通常の業務でも使用できることも選定理由の1つでした。

通常のWindowsと同じ感覚で操作できますから、職員の方が解説文などを修正する場合でも自分でできます。これはパッケージ化しない理由にもなっていて、HTMLと画像ファイルであれば慣れている方ならわかりますから、条件を満たせます」(滝江氏)

また、「美術館で不特定多数の利用者に向けた情報端末」という目的から決め手になったのが、キオスクモード※の存在だった。いたずらも含めてユーザーができることを制限したり、スリープや輝度調節の設定を固定できたりする点が、Windows端末ならではのメリットになったという。

※キオスクモード:Windows RT 8.1およびWindows 8.1ではアカウント設定の機能として提供されており「割り当てられたアクセスを使うアカウントをセットアップする」で設定できる。

美術館の敷地内には 板谷波山 田端旧宅・工房が再現されている。

美術館の敷地内には 板谷波山 田端旧宅・工房が再現されている。

旧宅・工房内にも展示場と同様の Surface RT を設置。アプリを閲覧することができる。

旧宅・工房内にも展示場と同様の Surface RT を設置。アプリを閲覧することができる。

 

ストア以外にもさまざまな選択肢があるアプリ活躍の道

アイテックプラスが開発した「板谷波山の世界」アプリは、厳密な意味ではWindowsストア アプリではない。ただし、限りなくWindowsストア アプリに近い「パッケージ化一歩手前」の状態だ。Windowsストア アプリとしてパッケージ化しない理由は、すでに説明したとおりで、「用途と使用場所が限定されている」ことと「メンテナンス(職員による修正)の簡易化」のためだ。

ここで注目したいのは、「パッケージ化しようと思えば、少し手を加えるだけでできる」(滝江氏)という点だ。つまり、WebアプリとWindowsストア アプリが非常に近いものであるということと、提供形態として自由度が高いということを示している。

「今回のアプリは、ローカルでWebアプリを動かしているようなものですが、仕様はWindowsストア アプリに沿ったものになっています。つまり、マルチブラウザーの互換性は考えずに、Internet Explorer(IE)だけを想定していますから、Androidで同じことをする場合に比べるとはるかに楽です。機種ごとの違いを考えなくても、こちらの意図どおりにブラウザーで処理されますからね。

アプリのパッケージ化やWindowsストア アプリについては、制作会社としてもちろん研究しています。今回のアプリは美術館のものですが、自社のコンテンツとして出せるものがあれば、やってみたいです。

ただ、今回であらためて感じたのは、ストアで勝負するのではなく、限定された空間や目的のソリューションとして提案するという選択肢にも大きな可能性があるということです。

公共施設などには、タッチパネル端末は昔からありますが、古いシステムのままで使いづらかったりエラーが出ていても放置されていたりするものがあります。数万円のハードとWeb制作のスキルがあれば、低予算でシステムを刷新できます。

美術館や博物館といった施設に対して、タッチ操作が可能な使用シーンが限定されたアプリとして提案していきたいと考えています」(滝江氏)

パッケージ化されていないだけで見た目はWindowsストア アプリと変わらない

 

あえてパッケージ化しないことで広がる可能性

タッチパネル端末とアプリの組み合わせによって、作品や作家の新しい楽しみ方を提案した「板谷波山の世界」。山口氏は、さらに他の作家や作品へも広げたいと今後の展望を語る。

「予算しだいの話ではありますが、茨城県陶芸美術館には板谷波山の他にも、人間国宝の松井康成をはじめとする様々な作家の作品があります。「板谷波山の世界」と同じように、他の作家の作品や資料をアプリ化して、将来的には当館の総合的なアプリにできればいいなと考えています」(山口氏)

一方、アプリを開発した滝江氏は、今回の経験からWindowsプラットフォームの自由度を、うまく活かしていきたいと考えている。

「iOSやAndroidのアプリは、すでに競争が激しいうえに開発の手間もかかります。その中で結果を出すのは簡単ではありません。Windowsストア アプリの開発促進を目的としたインタビューなのに恐縮ですが、あえてWindowsストア アプリ(パッケージ化)にしないという選択肢もあると考えています。

必ずしもストアでのリリースにこだわらず、適材適所で、利用される場を見つけて提案していく。そういった自由度の面では、Windowsというプラットフォームは適しています。これは、iOSやAndroidのネイティブアプリにはないメリットといえるのではないでしょうか。

とはいえ、私の周りでもストア アプリの開発に取り組んでいる会社はまだ多くはありません。ただ、ご相談を受ける案件や他の制作会社と Windows ストア アプリについて話をする機会は確実に増えてきています。ですから、マイクロソフトのサイトや今回のさぶみっと!さんのようなサイトの中で、より一層 Web制作者が活用できる情報が充実してくれることを願っています」(滝江氏)

茨城陶芸美術館の山口氏(右)とアイテックプラスの滝江氏(左)

茨城陶芸美術館の山口氏(右)とアイテックプラスの滝江氏(左)

■取材先情報

株式会社アイテックプラス   http://www.itec-plus.jp/

CEO滝江智

茨城県陶芸美術館  http://www.tougei.museum.ibk.ed.jp/

学芸課長山口和子

■Windowsストア アプリ

アプリ名:板谷波山の世界  ★Windowsストア非公開

参考情報

http://windows8.submit.ne.jp/yourapp/applist/788

著者プロフィール

フリーライター/エディター/プランナー。IT系出版社で10年ほど雑誌、書籍、Webの編集者を経験したのち、2008年からフリーランス。エンタープライズ分野からITガジェット、ネットカルチャーまで興味のおもむくままに取材しています。好きなものはネコ、サッカー、ガンダム。
Twitter:@nakazato

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